PRS Guitars

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INSIDE PRS /  PRS Story

「ジャーニー」の始まり

足繁く通ったアナポリスのとある屋根裏部屋の工房から最先端のファクトリーに成長するまでの道のりは、実に険しいものでした。ただ、自分の手で仕事をすることが好きなことは、今も変わっていません。ギター・ビルディングの教室をいくつも掛け持ちする高校生ぐらいの子供など、他にいたでしょうか?私が最初に製作したギターは、大学の音楽の教授からある種の信頼を勝ち取るためのチャレンジでした。そこで私は「A」の成績を修め、ギターづくりで身を立てていきたかった夢を実現しようと決心しました。

 

連日深夜に及ぶブレインストーミングが続き、ギターは月産1本できれば良いほうでした。ギターが完成すると、それを持ってギグのステージに立ちました。純粋な意味でのフィールド・テストです。色々設計を変更してみては、そこから何か新しいことを学びました。やがて私自身のこれまでの経験や、他のプレイヤーにテストしてもらったフィードバックを活かすのが次へのチャレンジとなりました。10年以上に渡り、3種類のヘッドストック、数種類のボディ・シェイプ、無数のトレモロや、木材とその組み方を数えきれないほど実験して、ベストのミックスを探し求めました。

 

今でもよく覚えていますが、あの頃は地元のコンサート・ホールに開演の6時間も7時間も前に行き、ローディと仲良くなってバックステージ・パスを手に入れて、出演するスターにまるで行商のように自分のギターを見せていましたね。10本も売れたこともありました。Carlos Santana、Al Di Meola、Howard Leese、その他多くのスター・プレイヤーたちが私のギターをチェックしてくれました。そこでの商売の仕方がどうだったかと言いますと、誰かからオーダーが入るとまず内金をいただき、製作したギターの仕上がりが許せない場合は、たとえ家賃が払えなくなっても内金をお返しするという、そんなやり方でした。

 

小規模ながらファンがついてオーダーが50本以上になってから、プロトタイプを2本製作しました。それをトラックの後席に詰め込んで東海岸中のギター・ディーラーに見せるべく、北へ南へと走りまくりました。来る日も来る日もギター・ディーラーを訪れ、かなりの距離を走り抜けた結果、会社を起こすに見合うだけのオーダーが集まりました。妻をはじめ、スキルの高いアシスタント、エンジニア、弁護士、トップ・セールスマン、アーティストのサポートや、私財を投げ打って協力してくれた友人たちのおかげで、会社を起こすことができ、パワフルなチームを作り上げることができました。

 

そこから長い道のりを経て、ファクトリーやスタッフ、販売網、PRSアーティストの規模を順調に拡大してきました。しかし私たちは現状に満足するようなタイプではありません。みなさんが手にしているPRSギターの1ミリ1ミリは数十年に渡るテストはもちろんのこと、その間に考え抜いてきたこと、新たに発明してきたことのすべてが込められています。誰にも追い付けないさらなる完璧を求めて、これからもそのカーブをより急峻に推し進めていきます。無上のテクノロジーを実現するエキスパートや、一度手にしたらいつまでもずっと弾いていたくなる仕上がりを確実にするクラフトマンたちが揃った私たちは、決して妥協を許しません。これが、私とPRS Guitarsの「ジャーニー」、その始まりのストーリーです。それほど短いものでもありませんが、とてもスウィートなものでした。これまでの旅で身に付けた教訓ですか?「夢を諦めるな」ですね。

Paul Reed Smith

- Paul Reed Smith , 1992

「ジャーニー」はこれからも続く

Tom Wheeler

ギター業界における品質に対する最高基準というものが、PRSのめざましい発展によって打ち立てられようとしているとすれば、それはPRSがこの業界において大きな存在に成長しつつもその基準を維持し続けているという素晴らしさと同義だと言えるでしょう。PRSが収めつづけている品質面での成功は、素材や製作ツール、製作工程を常に厳しく評価し続けることを要求する一方で、Paul自身が屋根裏部屋で最初にギターを手作りしていた日々から変わらぬ究極の目標もあるのです。つまり、尋常でないギター、魔力を携えたギターを作ることです。

 

Larry Urie(米国地区担当セールス兼マーケティング・マネージャ):「ファクトリーの規模や生産量の拡大に伴い、最高品質をマークするという当社の基準を確かなものにするため、品質管理はより一層厳しいものになっています。どんなに細かいことでも、最新の品質管理が常にPRS史上最も厳しいものになっています。」広告効果を狙って1950年代や60年代のビンテージ・ギターが醸し出すロマンチシズムに傾倒していくブランドもあるようですが、Paul自身はその当時のギターを実際に設計製作してきたビルダーたち(PaulのメンターでもあるTed McCartyなど)とのつながりを大切にし、謳い文句や物語めいたある種のロマンスは彼らにとって最も縁遠いものとなっています。彼らのゴールは、最高の楽器を作る、この一点のみです。つまり、もっと良いプレイヤーを目指したくなるトーンや、無数のギグに耐えうる確かな耐久性、芸術作品とも言えるほどエレガントなギター、そういうものを製作するということです。最初にあるのは、一度手にしたらずっと弾いていたいと思えるギターを作ることで、広告や物語の部分、その他のことはその次のことなのです。

 

Paul Reed Smith:「そうすることが伝統だから、という理由でそれをするということはないですね。ある工程ではロボットを使い、その他の工程では手作業によるサンディング、手作業によるインレイ工程という組み合わせがギター作りにとってベストだとすれば、それがPRSの採る手法です。PRSに伝統があるとすれば、それは私たちの品質から出た副産物です。それゆえ最高であることが常に私たちのゴールなのです。そのことを忘れたことは一度としてありません。」

 

Larry Urieが付け加えます:「ロボットなど機械によるオートメーションと、個々のビルダーたちのクラフトマンシップが共存しているのが、PRSなのです。ある工程を自動化するということは、その分だけ個々のクラフトマンの確かな目とスキルが欠かせない手作業の工程や、より高精度の仕事ができる余地ができるということです。私たちのファクトリーに訪れた人々が驚くのは、手作業による工程の多さ、機械化されていても最終的にはすべて人間が決めているというところです。すべてのことは優秀なクラフトマンそれぞれが判断し、決定していますからね。」

 

言い換えれば、CNCルーターに代表されるコンピュータ時代であっても、PRSの魔力、そのエッセンスはクラフトマンの両の手からしか生み出されないということです。

 

家族や仲間たち、ビジネスは別にして、Paul自身が最も大切にしていること、それは彼の音楽です。つまり曲を書き、ギターを弾き、レコーディングをし、それをプレイすることです。それとPRSのギター作りとどう関係があるかと言いますと、Paul自身が無上のトーンや音楽の楽しさに対するひたむきな姿勢が、ある種トップダウンの情熱としてファクトリー内の各製作ポジション(ワークベンチ)に行き渡っていると私からは見て取れるのです。Paulが見るところ、PRSスタッフの8割方はミュージシャンで、その多くはバンドで定期的にステージに立っているようです。

Jack Higginbotham(PRS社長):「クラフトマンたちには特別な自負があって、それはひとつひとつの楽器を自分たちが作っているんだという、ある種生みの親的なものがあります。彼ら自身がその手で作り出しているのですから当然と言えば当然ですが、製作する1本1本をまるで自分の楽器であるかのように扱っているんです。自分のこととしてギターを作る、そういう思いが彼ら一人ひとりにありますね。」

 

品質に注ぎ込む情熱は、PRS社内の各スタッフの仕事の仕方に留まらず、会社全体の構成にも及んでいます。Paul Reed Smith:「PRSの会社組織は普通の会社とは少し違うんです。例えば、PRSの各クラフトマンは品質管理がひとりで完結できる「部署」でもあるんです。彼らは仕事を通じて数々の専門分野をマスターしており、仮にあるギターが品質面で何らかの問題があって次の工程に進めなかった場合、その決定は彼らが下しているんです。彼らはいつもギターを数本抱えて色んな工程を行き来して、あらゆる部分を入念にチェックしています。昔のヨーロッパのギルドや工房に似ていますね。クラフトマンたちの間では「これで本当に十分か?」という会話をいつもしています。そのため、PRSの品質管理は各工程のワークベンチで製作中に行われているんです。完成した後から問題のあった工程に差し戻すようなスタイルではなくて、もっと各工程間との連絡を密に行い、設計のスタート時点や材料選定、組み立てから最終テストに至るまで、各工程で品質管理をリアルタイムに行っています。」

 

これまでの15年ほどの間Paulとの会話をしてきましたが、その大半は彼が「何だと思う?」と口火を切り、そこからトーンについて新たに発見したことを熱っぽく語り出すのが常です。新しいところではトーンを大きく左右するほどのメジャーな改良ではないものの、ある小さなパーツの素材を変更したことでした。それによるトーンの違いはPaulには聴き取れても彼以外には分からないか、辛うじて分かるという微細なものでしたが、それ以上にポイントとしておきたいことは、Paulや彼の素晴らしいコラボレーターぐらいにならないと分からないような機構的やエンジニアリング的な部分が、PRSの作り出すギターの大きな改良、つまりみなさんが実感できる改良につながっているのです。

 

私の息子Joeは空手の黒帯です。私は常々、黒帯はその道を極めたから手にできるものと思っていましたが、Joeに言わせるとそこから新たな道が始まるんだそうです。これはPRSクラフトマンにも通じる哲学かと思います。プレイヤーや雑誌のライターはクラフトマンが生み出したギターについてずいぶんと盛った言い方で褒めてくれますが、道を極めようとしているクラフトマンの当人にしてみれば、通過点のひとつに過ぎないと見ている向きもあります。このことについてPaulは「もうそこにはいないんだ」と表現しています。「ギターを作るということは、いつまでも続いていることなんです。文字通りの「終わり」というものに到達しないんです。でもそれを探求することこそがチャレンジ…つまりPRSがファクトリーで日々やっていることなんです。」かつて彼がギターを自身の手で1本ずつ製作していた頃、彼は1950年代や60年代の素晴らしいエレキギターの数々に没頭していました。現在、その時代に吸収したギター作りの伝統が、自身の会社であるPRS Guitarsの大きな力になっていることに彼自身が気づいています。彼はPRSをスタートした頃のことを懐かしそうに思い起こすこともありますが、それはノスタルジーではありません。PRSでは、明日へ進むために昨日のことは過去へ置いていくのです。

 

Paul Reed Smith:「私はこれ以上ないという優秀なチームに恵まれています。クラフトマンやアーティストに限らずマーケティングやセールス、プログラマー、管理部門などすべてのチームに恵まれています。PRS Guitarsで働いているすべてのスタッフはみな同じ思いを抱いています。つまり、過去のPRSのギターの素晴らしさに関わらず、私たちはより良くするために新しいものを探求しているということをプレイヤーに知ってほしい、ということです。」

− Tom Wheeler

(「Guitar Player」誌元編集長、『The Guitar Book』、『American Guitars』著者)